◎海峡を越えて(小説版)
序章
2016年3月21日 JR東日本青森駅
夕闇で赤く燃える構内を、ED79は早足で歩いていた。夜行急行でこれから牽引して走る
相手のはまなすが行方不明なのである。通常であればこのくらいまでは寝かせてやるところだが、
今日は打ち合わせる要件が山ほどあった。なにしろ営業運行最終日である。
そう、最後なのだ。
本日に限っては全席指定席であるし、見送りのファンも黒山のごとく集まることだろう。昨日が
ラストランだったカシオペアには、爆破予告まで送り付けられている。運行も、警備の予定も、
出発までに当然確認しなければならないのに。
「ED79?」
跨線橋の向こう側に特急つがるが立っていた。
「はまなすサンとかと打ち合わせしてるんじゃなかったの?」
「そのはまなすが見当たらないんですよ。」
逆光でつがるの表情は分からなかったが、どうやら彼は笑っているようだった。
「おめも最後まで大変だぁな。まあ検討は付いてんだろ、な?」
「ああはいそりゃもう。開業からの付き合いですし。」
「そりゃいいや。早く行って引っ張ってくるんだな。」
からかい交じりの言葉に、ED79は苦笑で答えた。
***
はまなすは入線前の客車の窓から外を眺めていた。雪国の3月の斜陽はいよいよ昏さを増し、
気の早い星が一つまた一つと姿を見せている。彼女はこの時間の空が一番好きだった。
車両端の扉が開いて、ED79が入ってきた時も、同じように空を見上げていた。
「探しましたよ、はまなす。今日は懸案事項が山ほどあるって知っているでしょう?」
「嘘はよせ、お前は私を探してなんかいないだろう。犬っころが追い掛けてくるように、
一目散にここまでやってきたのに違いないさ。」
ED79の頬にかすかに赤みが差した。
「雪もみぞれも走っていないんだから、フードは取れ。そもそも車内だ。」
はまなすはなおも指摘する。ED79は渋々と手を伸ばして、外套のフードを外した。
「今日も前を向けよ、赤犬。できるだろ?」
はまなすは不敵に微笑んで、こちらに手を差し伸べる。
「さあ、行こうか。」
「さあ、行こうか。」