
◎ED75とED79(ED75形700番台)の話・プロト版
優しい君
『きょうだいのはなし(上)』のプロト版に当たる話です。
十一月の雨が、ガタガタと窓に叩きつけている。
ED75形700番台は、先ほどから心ここにあらず、といった調子で繰っていた書類を閉じた。
(遅い。遅すぎる……)
通常ならば、1時間前には帰っているはずの兄のED75形が帰ってこない。
何かと細やかに連絡をよこす兄は、支障があって帰りが遅くなるならば、
確実に電話を入れるはずだった。
鍵の回る音がして、乱暴に扉が開けられた。ED75がずぶ濡れでそこに立っていた。
「おかえりなさい、兄さん」
タオルを抱えて、急いで戸口まで進む。
兄はなかなか、室内へ入ってこようとしなかった。
「どうしたの…廊下、寒いでしょ?風邪ひいちゃうよ」
「……」
コートの端から、赤い雫が垂れた。
(!?)
よく見ると、べったりと粘性の高い赤黒い液体がこびりついている。
「……事故った」
700番台が訊ねる前に、ED75は先回りして答えた。
「人身。見ればわかるでしょ」
「亡くなられたの……?」
「ああ、多分死んだ」
ED75は疲れた顔で、ソファーに倒れこんだ。
「きっと死んだ。そんな感じがした」
700番台が思い返す限り、ED75はいつだってひとが死ぬときそういう言い方をする。
わざと冷たい言い方で、自分が傷ついていることを隠そうとする。
「そう……」
700番台はED75のそばに座って、その顔を覗き込んだ。
ED75はそれに気が付くと、ちょっとだけ嬉しそうに薄く笑った。
「君が気にすることはないよ」
「……気にするよ」
「一々気にしていたら、キリがないよ」
また、そんなことを言う。
…そんなことばかり言うから、自分は兄を放っておけないのだ。
700番台の顔色を見て取ったのか、ED75はなだめるように再び笑った。
「君は優しいね」
「でもそれじゃあ駄目だ」
兄は手を上げて、700番台の頬に触れた。つう、と生暖かい血の跡が残った。
「駄目なんだよ」