◎海峡を越えて(小説版)短編集1
第一部(3章まで)後の話 (青函トリオ)
「「「なにはともあれ、今日はお疲れ様でした。」」」
函館駅近くの酒場で、ED79、海峡、はまなすの3人は盃を打ち合わせた。
「まあ、初日だものね。特に混乱もなかったみたいだし、よかったんじゃない?」
と、サッポロのジョッキを片手に海峡が言う。
「まあ、夜行が私含め4本走ってるけどな、問題ないだろ。海峡線区間は1時間半くらいだしな。
貨物も処理することになるから、これからが正念場だな。」
と、余市をちびちびなめながらはまなすも言う。
「僕こんなところで飲んでていいんですかね…?」
日本酒を片手にしたED79は、それでも安堵の表情を浮かべていた。
「別にお前、秋田でも飲んでただろ。はまなすだって運用中だけどここにいるし平気平気。」
「一応、私は日本海に頼んできたぞ。」
はまなすは海峡を睨んだ。
「まあ、僕ら泥酔することはまずないし、大丈夫だよ。」
「そうですかね。」
ED79は不安げにグラスを見つめると、ぐっと傾けて杯を空けた。
~30分後~
「おい海峡、あいつ本当に大丈夫なのか?」
ED79の前には、空の四合瓶が3本並んでいる。派手に杯を空けることはないため目立たない
のだが、酒瓶はじわじわと積みあがっていったらしい。
「ED79…?お前、もしかして、だいぶ強い…?」
当の本人は顔色一つ変わらない。平然としている。
「日本酒であればそれなりに。北海道の日本酒は辛口で美味しいです。」
海峡とはまなすは顔を見合わせた。
「秋田勢ってどれだけ強いんだ…。」
「元々、機関車は酒に強いんです。代謝が早いので。ディーゼル系はもっと強いです。
エタノールを燃料にできるポテンシャルがありますから。」
話している間にまた1本、瓶が空いた。
「僕は秋田所属の列車の中ではそこまで強くないです。兄さん(ED75)とキハ40は強いですね。」
「お前が酒に強くないって嘘だろ…。」
淡々と、水でも飲んでいるようなペースでみるみる液体が減っていく。
海峡は切羽詰まった顔ではまなすに囁いた。
「…ゴメン、いくら持ってきた?」
「こんなこともあろうかと、ここはカードが使える店だぞ。」
「はまなすサン最高」
「飲み放題じゃ出禁になりそうだから逆に連れて行けないな…」
ED79を見守りながら、今度からはある程度飲ませてから連れてこようと誓った2人であった。
星は沈まず (カシオペアとEF81)
「この期に及んで客車を引っ張る羽目になるとは…。」
EF81が机に突っ伏してぼやいている。カシオペアは苦笑しながらその横に腰を下ろした。
カシオペアは北海道方面の運行こそ後輩の四季島に譲り渡したものの、本州内の団体列車
:カシオペアクルーズとしては未だ運用が続いていた。なお、牽引するのはEF81である。
「なんか東日本地区の顔みたいになっちゃってるよな、EF81…」
「うるせえ。日本海もトワイライトエクスプレスも引退して、客車牽引はお役御免だと
本気で思ってたんだよ、こちとら。ていうか、蒸気機関車以外じゃ現役で客車引っ張って
るのって俺くらいじゃないの?希少価値とかホント無理!」
力なく腕が振り回される。本気で嫌らしい。
「ななつ星だって機関車+客車の組み合わせだろ?」
「あれは別!大体専用機だから!貨物用じゃないから!」
EF81はうんざりとした顔で、机に腕を付いた。カシオペアはそれを見て笑った。
「お前ってED79とかと全然違うな。外見はそこそこ似てるくせに。」
「あの変態兄弟と一緒にしないでよ。俺は貨物の方が性に合ってるんだからさ。」
EF81は襟に留めてある徽章をいじる。かつて日本海や、トワイライトエクスプレスの徽章が留まっていたこともあったが、今はカシオペアのものだ。
「重いなあ、これ。本当に重い。ED79はよくこいつを6つも付けていられたよなあ。」
「短い区間の割に寝台特急が集中していたからな。頻繁に付け替えなきゃならないし、無く
したらマズいってぼやいてたっけ。」
とはいえ、ED79はそれを苦にしているようには見えなかった。最後の方は車両がだいぶ劣化してくたびれてはいたものの、基本的にはいつもこざっぱりとしていたように思う。後になって思えば、かなり気を使っていたのだろう。あまり感情を見せないことをいいことに、随分と酷いことを言った時もあった。謝りたいと思っても、相手はもういない。
「お前は何考えてるかすぐ分かるから、まあやりやすいよ。」
「それが俺のいいところだな、なんでも口に出して言っちゃうからな。」
EF81は勢いよく立ち上がった。
「カシオペア、飲み行こうぜ。信州の美味い酒を飲ませる酒場を見付けたんだ。」