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​◎海峡を越えて(小説版)
後日談 これより先の四季をゆけ(旧題:四季島は先を行く)
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 2017年5月1日、月曜日。時刻は朝の9時を少し回ったところ。

出勤ラッシュもピークを越えた17番ホームに、早足で急ぐブーツの音が響いていた。

「先輩…先輩?もう、どこに行ったんでしょう…」

TRAIN SUITE四季島。上野発の車両勢の中では、一番の若手である。

先ほどから先輩特急のカシオペアを探しているのだが、姿が見えず、駅中を探し回っているところだった。

新幹線改札口を覗き込み、三相の像を見上げ、NewDays横を通り過ぎる。と、

「はやてさん!」

優雅にカフェオレを啜っていたE2系は、大いにむせ返った。口元を拭いながら、四季島にうらめしげな視線を送る。

「どうしたの四季島…あと俺、今の時間は“やまびこ”だよ……“はやて”では運用されていないもの…」

「カシオペア先輩、見ませんでしたか!」

とたん、E2の目が泳ぐ。

「カシオペア…あー、さっき、公園口の方で見たかな…?」

「3階か!ありがとうございます!」

四季島は嵐のように階段へ向かっていった。

 

「カシオペアくん…?」

「……」

「なんか言いなよ。」

「ありがと…やっと行ったか…。」

カシオペアは、そろそろとNewDaysの看板の後ろから這い出した。E2はその様子を見て、呆れたように呟く。

「君、ホントにフラグシップ?」

「仕方ないだろ、試運転始まってからずっとあいつに質問攻めなんだ。」

カシオペアは心底疲れた顔で看板にもたれかかった。

「正直うっとおしいよ…。」

「ふふふ」

「なぜ笑うやまびこ…。」

睨んでくるカシオペアを横目に、E2系は笑い続ける。

「いや、俺も年を取ったもんだな、と思って。」

北の地について教えてくれ、教えてくれとカシオペアがまとわりついてきたのは、もう18年も前の1999年のこと。

弟のE6が泣きついてきたのは、2011年のことだったか。

自分だって、デビュー前は不安で仕方なくて、先輩の200系を困らせたのだった。

「仕方ありませんねえ…。」

200系の呆れたような、それでも優しく、穏やかな声がよみがえる。

「おいで。怖くなくなるまで、教えてあげる。」

そして今、自分は再び、カシオペアの目の前に立っている。

「カシオペア、次は君の番じゃないの?」

「君が四季島の前に立って、導いてやらなくちゃ。」

 

 2階ホームを1回りし、3階を巡って駆け下りてきた四季島は、新幹線ホームの半ばに

カシオペアが佇んでいるのを見て、駆け寄った。

「やっと見つけた!せんぱ…」

「さっきからやかましい!」

カシオペアは四季島の頭に、ペットボトルを振り下ろした。軽く当てるだけのつもりが、存外いい音がした。

「いきなり何をするんですか!痛いじゃないですか!」

四季島は頭を押さえて、涙目でこちらを見る。

「もう営業初日なんだぞ?」

そう、今日は5月1日。JR東日本のクルーズトレイン:TRAIN SUITE四季島の、栄えある営業運転開始の日。…なのだが。

「いい加減、落ち着けって言ってんだ。お前も分かってんだろ?…僕に言われたくはないと思うけどさ。」

四季島は俯いた。

「怖いんですよ。」

おずおずと、顔を上げる。ぽつりぽつりと、不安がこぼれる。

「期待が重いんです。僕、クルーズトレインとしてはななつ星の後追いでしょう?価格も強気の設定ですし。

 これで万が一事故が起きたら?お客様に楽しんでいただくことなんて、僕にできるんでしょうか?」

「お前、心配し過ぎ。」

AQuAのキャップを捻り、四季島に差し出す。

「これ飲んで落ち着け。…第一、お前んとこのお客様は、天候不順や少々の行程の遅れでグチグチおっしゃる方々では

 いらっしゃらんだろ?」

「そうでしょうか…。」

四季島は一口、二口、水を飲んだ。

「つーか僕の!後継者たるお前が!お客様を満足させることができないわけない!だろ」

「お前は僕の先を行くんだから、少々自信過剰なくらいでいいんだよ。」

四季島は苦笑しながら、キャップを締めた。

「でも、先輩は色々やらかし過ぎだと思います。」

「言い草!」

それでも、少しは冷静になった…のだろう。顔色が大分マシになった彼の襟元に手を伸ばして、こちらを向かせた。

自分の襟元から、星の徽章を外す。

「なんです?それ」

「おまもりだよ、フラグシップの印だ。僕は姉さん……北斗星からもらった。」

四季島の襟元に留めてやる。あの日、北斗星がしてくれたのと同じように。

「おめでとう」

精一杯の祝福をこめて、笑顔で言おう。それが、自分の役割だから。

「今日から四季島が、フラグシップだ。」

四季島は一瞬きょとん、とした目でこちらを見上げて、ようやく笑った。

「ありがとうございます。先輩。」

 

キーンと遠くから音がして、東京方面からH5系とE6系が走ってきた。

「あれ、四季島」

「四季島デビューおめでとう!」

「お先に北海道行ってるからな!」

口々に祝いの言葉を述べながら、笑ってあっという間に通り過ぎていく。

「もう!君は函館止まりじゃないですか!」

四季島はちょっとむくれてその姿を見送った。

 

時は満ちた。もうそろそろ、出発の時刻だ。

「先輩!」

「はいはい、いってら…」

改札口の方に歩みかけて、一瞬止まる。

四季島は満面の笑みで、こちらを振り返った。

「TRAIN SUITE四季島、行ってまいります!」

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