・チハルは森の学徒になるようです。
序:
「菅原、生産のレポート出したかよ」
「あれって〆切明日じゃなかったっけ?」
「今日だよ今日、あと2時間!」
先ほどから学生が部屋の前を通っていく。どうやら実習が終わったらしい。
カサカサと時折、ドア横の箱にレポートが入れられる音もする。
森林生産学の講義レポートは今日の17:00が〆切だ。
(……ちょっと脅かしてやろうかな。)
ドアを開けると、扉の前で駄弁っていた3人組が驚いたようにこちらを見た。
「「「げえっ」」」
「げえとはなんだげえとは。せめてレポートは入れていけ。」
「せんせー俺はもう出しました!!!」
「俺はいま出しました!!!」
「すみません!!!」
さっさと書いてこい、と手を振ると、小走りで実習室の方へ逃げていく。
(……昔も今も、学生は全く変わらない)
開け放した窓から入ってきた夏の風が、積みあげられた書類の山を少し崩した。
ふわり、端の黄ばんだ写真が空を舞う。
慌てて捕まえると、笑ってしまうほど若い姿の友人たちが、記憶の中のままに見返してきた。
いつか過ごした青い春の欠片がそこにあった。
(今年の学園祭にアイツらは来るだろうか、
……いや、考えるまでもなく、来るに決まっているんだが)
笑顔で一升瓶を抱えて、きっと騒がしく訪問してくるのだろう。
ほう、と伸びをして、画面を見つめ直す。さて、レポートは届いただろうか。
第一章:林学実習①
“木曽路はすべて山の中である”と藤村は記した。彼の名著の書き出しには、険しい山々を覆う森林地帯の中を街道が進んでいく様が描かれている。
とはいえ、公で言うところの中山道であるから、難所があったにせよ、まだ歩きやすい道だったことに違いない。大路から分かれ、更に分かれた小道から分岐する杣人のみちは、踏み跡と刈り取られた藪だけで成るもので、獣道にちょっと箔を付けたような代物であったのだろう。
「おーい、杭は見つかったか―」
薬院千春はそろそろと目の前の藪から手を放した。そのまま少し上に生えているちょっと太めの木を掴む。途端に、「木の幹のようなもの」はぐらり、と揺れた。
「あーあーあー」
仕方なく、先ほどの藪に逆戻りして、千春は大きくため息を吐いた。棘がいたるところに出ているので、とても手が痛い。
「助けてくれ…」
頭上のこんもりとした低木の上から、黄色いヘルメットが顔を出した。
(続く)