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・鉄道唱歌殺人事件(二次創作)

表紙_二次_3.png

※この小説は、める(@_mer_12)さんの擬人化っこさんたちをお借りした二次創作です。

 

「君と一緒に一夜を明かせだって⁈」

深夜の東京駅、人気のない中央通路に東北本線の声が響いた。

「冗談じゃないね!私はタクシーで帰らせてもらうよ!」

「…馬鹿なことをおっしゃるものです。まず、どうやって駅から出られるおつもりだ。さらに言え

 ば、着いたところでまたすぐ折り返すだけだというのに。大体その足で、無理をされては明日の

 運行に支障が出てしまう。」

「…今日は随分と優しい口を利くもんだね君は。」

東北本線に疑いの眼差しを投げつけられ、東海道本線はちょっとだけ口をゆがめて眉を寄せた。

「おやおや。何を誤解されているのか分かりませんが、私は上野東京ラインの心配をしているだけ

 ですよ…。」

バタバタと、丸の内中央口の方から息せき切って現れたのは武蔵野線と京葉線だった。

「やっぱり駄目だ、京葉の地下口も回ったけど出られねえ。見えない壁かなんかがあるみたい

 だ。」

「兄ちゃん、シャッターこじ開けようとして警報器鳴らしたんですよ?さすがに引いた。」

「そ!れ!は!言うなって約束だろ!」

武蔵野線が京葉線の頭に拳固を落とそうとして華麗に避けられ、あげくむこうずねを思いっきり蹴られる様を眺めながら、東海道本線は決定的な一言を呟いた。

「つまるところ、私たちはこの駅に閉じ込められた…ということですね。」

痛いほどの静けさが、中央通路に満ちた。

 

真っ先に異常に気が付いたのは、東京駅発着の路線の中でも終電が早い高崎線だった。宇都宮行き、23時08分の電車を見送った後、何の気なしに改札外へ出ようとして、見えない壁のようなものに跳ね返されたのだ。改札はきちんと、磁気カードに反応して開いていたというのに。その後、武蔵野線、横須賀線、と同じトラブルが発生し、のんびりと新幹線広場で駅弁を食べていた東海道本線が、重い腰を上げる頃には全員の顔が青くなっていた。一縷の望みを賭けて京葉地下改札を回ってきた二人が暗い顔で戻ってきた今、できることといえば中央線の始発を待ち、この状況が打開されることを祈るのみだった。

「でも…でもでもでも、私の始発が走り出しても駅から出られなかったらどうしましょう、どうし

 ましょう総武ちゃん?」

「落ち着けって中央本線」

総武本線は、袖にしがみつく中央本線の背中をぽんぽんと叩いた。

「終電が出るまでは普通に改札口から出られたんだ、それは京浜東北が確認している。だから、普

 通に考えりゃ始発が走り出せば元通りになるはずさ。な、おまえは普通に出入りできたんだろ、

 京浜東北線?」

「…京浜東北、さん…?」

小さな人垣のどこにも、京浜東北線の鮮やかなスカイブルーの色は見えなかった。

「おい、京浜東北がどこに行ったのか、見たやつはいないのか⁈」

山手線が声を上げる。

二度目の沈黙が、路線たちの間を流れた。

 

このときから、

最悪の事態を誰もが頭の片隅で予想していた、

…のかもしれない。

「仕方ないなあ私が見に行ってやるよ、」

それは、

常磐線が足音も高く消えたわずか数十秒後のことだった、

「う…うわああああああああああああ!!!!!!」

丸の内南口の、改札前で。

蒼い蒼い空の色を夕焼け色に染め上げて。

京浜東北線が、死んでいた。

誰かの吐息が聞こえる。

誰かがしゃくりあげている音が聞こえる。

誰かが、誰かが、誰かが…

「嗚呼、死んでいる。間違いないですね。」

誰かが、その事実を言わなければならなかったので。

「私」はそれを口に出した。

吐息の確認はしたし、首元で脈の無いことを確認もした。何より胸を貫く、アカイロに染まる尖った破片…それを見れば、彼女が絶命していることなど、一目で判断できることだった。

だから、言った。

途端、

頬のあたりにひりつくような痛みが走った。

 

「……、」

「やめろ!おまえの気持ちは分かるけどさ、それ以上はいけない!」

高崎線が東北本線を取り押さえるのを見て、

「嗚呼、私、ぶたれたんですね。」

東海道本線は一度だけ頬を押さえ、どこかきょとん、とした目で、他人事のように、言った。

「それで貴女の気が収まるのであっても、二度はぶたれたくないですね。」

「安心しな、二回はぶたないよ、」

荒い息を吐きながら、東北本線は鋭い視線を投げた。

「君と私との仲じゃあないか。」

「…そうでした。」

東海道本線は薄っすら口元に笑みを浮かべて、

京浜東北線の横に落ちていた紙切れを拾い上げた。

「なーんだ、それ?」

横須賀線が傍らから覗いてくるので、彼女の方に紙片を向ける。

「ごく普通のメモ用紙です。何か書いてありますが…横須賀線、読めますか?」

「…王子に着きて仰ぎみる、森は花見し飛鳥山、土器投げて遊びたる、江戸の名所の其一つ」

「嗚呼、なるほど…。」

東海道本線は、何かを思い起こすように頷いた。

「横須賀線、これはね、どきじゃない、かわらけ、と読みます。」

「…その歌が何か、分かるっていうのか?」

「分かりますよ山手線、これは『鉄道唱歌』です。」

「「「『鉄道唱歌』⁈」」」

路線たちは、口々に驚きの声を上げた。

「『鉄道唱歌』ってあれだろ、“汽笛一声新橋を”じゃないのか?」

「それが有名な“東海道編”の一番です。『鉄道唱歌』は東海道編だけで66番まであります。」

「東海道編…ていうことは、当然他のバージョンもあると?」

「はい。これは、“奥州・盤城線編”の二番です。」

「ちなみにそれは何番まであるんだ?」

「…64番までだよ。」

東北本線が、少しだけ悔しそうに言った。

 

「しかし、俺さっぱりわからないんだけど、なんでそんな紙が…?」

「…さあ?何故でしょう」

東海道本線は紙片を丁寧に畳むと、上着のポケットにしまい込んだ。

「ただ一つだけ言えるのは、『王子は京浜東北線の駅の1つ』ということだけです。」

そして、手を伸ばすと開かれたままの京浜東北線の瞼を、そっと下ろした。

「始発まであと数時間、しばしの間、貴女に別れを。」

「…それって…?」

「そうです中央本線、京浜東北線が“死んだ”にも関わらず、番線案内表示その他のサインは一切変

 化がない、」

立ち上がって、宣言をする。

「つまり、彼女は路線としては“死んでいない”。朝になり、始発電車が走り出せば、“元通り”というわけです。」

とはいえ、京浜東北線の死体を無視するわけにもいかず、とりあえず武蔵野線の上着を掛け、路線たちは新幹線乗換口の椅子に落ち着いた。ある者はいくつかの椅子を占領して寝そべり、またある者は膝を抱えてうずくまり。事態は一時、落ち着いたかのように、思われたのだが。

「高崎が戻ってこない…」

手洗いに行くと言ったはずの高崎線が、戻ってこなかった。

「常磐線、東北本線、3人で行ったはずじゃなかったのか…?」

「高崎線は“髪を結いなおす”って言ってちょっとだけ残ったんだ…」

「何やってるんだこんな状況に!」

 

高崎線は、手洗いのすぐ外で、倒れているのが見つかった。

「……!」

「首元に、絹糸…」

死因は、絹糸による絞殺。

横には、再び紙片が転がっていて。

「線路わかれて前橋の、かたにすすめば織物と、製糸のわざに名も高き、桐生足利とほからず」

『鉄道唱歌』北陸編の、15番が書かれていた。

 

「『鉄道唱歌』の見立て殺人ですか…。」

東海道本線は額をトントンと叩きながら、口の中でブツブツと呟いた。

「『鉄道唱歌』って何まであるんだ?」

武蔵野線が、疲れた顔で訊いた。

「ここで関係ありそうなのは、東海道編、奥州・磐城線編、北陸地方編、電車唱歌…ですかね。」

東海道本線は指折り数えて、そういえば、と手を打った。

「武蔵野線と京葉線は『鉄道唱歌』に含まれていませんね!たぶん二人は殺されることはないでしょう!」

「……犯人が同じこだわりを続けるのなら、だけどな…」

「逆に言えば、それ以外の者には等しく殺される危険性があるわけで。」

「他人事みたいに言いますね…。」

「まあ、あと2時間たてば元通り、ですからね。」

そう。2時間たてば、中央線の始発が走り出す。それまでの辛抱だ。このまま固まっていればいい。

ところが。

「横須賀線…どうしたの…?」

「私、ちょっと思い付いたことがあって、」

横須賀線は、おさげを振って立ち上がった。

「確認しなきゃいけないことがあるんだ。」

「危ないよ横須賀ちゃん、一人は…」

「でもさ、中央線が犯人だったらどうするの?ここにいる誰もが犯人である可能性、あるんだよ?」

「だから、私は一人で行く。」

そして横須賀線は一人で出て行って。

帰ってこなかった。

 

横須賀線の死体は、京浜東北線のすぐそばで見つかった。

死因は頭部打撲。

すぐ横に、イチョウのまな板が転がっていた。

 

「おい…!また一人、死んだぞ!」

総武本線は東海道本線に詰め寄って、肩を掴んだ。

「なんで…なんでそんな顔して…おまえの妹分が死んだんだぞ…?」

「あと1時間後には元通り、ですから。」

東海道本線はその手を振り払うと、顎に手をあて、コツコツとその場を歩き回った。

「京浜東北は土器の破片…高崎は絹糸…そして横須賀はイチョウのまな板…」

「いずれも『鉄道唱歌』モチーフだ、しかし…」

「なあ…」

よろめいて、中央本線に抱えられた総武本線は、目を見開いて指を東海道本線に突き付けた。

「おまえが、おまえが殺ったんじゃないのか…?」

「何を馬鹿なことを。」

一蹴する。しかし、なおも総武本線は言いつのった。

「高崎線は…上野東京ラインでおまえと乗り入れている…横須賀線は、おまえの支線だ…京浜東北

 線はおまえの並行路線だが…全部、“東海道本線”にするつもりだったんじゃないのか?」

「この意味、おまえなら分かるだろ?“始祖様”」

「落ち着きなさい、貴女らしくもない。」

東海道本線は、にやりと笑うと人差し指を口に当てた。

「犯人は私ではない。なぜなら、犯人は別にいるからです。」

 

「京浜東北線は土器の破片で胸を刺されて死んだ、」

東海道本線は『鉄道唱歌』の紙片を掲げた。

「犯人は凶器をどこで手に入れたのか?沿線の遺跡でしょう。特に貝塚は、土器の破片を入手しや

 すい。」

「貝塚は、過去の海岸線沿いに分布しています。この時点で、埋め立て地の上を走る京葉線、貴女

 は除外できる。」

「続いて、高崎線。彼女は名産の絹糸で首を絞められて死んだ、」

絹糸の切れ端を差し出す。

「先ほどの論理は展開できません。なぜなら、沿線の彼女は死んでいるからです。ならば、」

「高崎線と貨物便のやり取りがある路線、に絞られます。」

「…絞られてない気がするんだがそれ…」

武蔵野線が呆れ顔で指摘する。それもそう、ここに残る路線たちは皆、貨物列車を走らせている路

線。主要幹線である。多かれ少なかれ、貨物便のやり取りがある。

「ですが、3人目、横須賀線の死因はイチョウのまな板による頭部殴打…」

「イチョウのまな板は、福井県の名産です。」

「北陸・上越方面との貨物を頻繁にやり取りしている、この条件を加えると…」

「隅田川駅を保持する常磐線、貴女が候補に浮かび上がってくる。」

東海道本線に指差された常磐線は、意外にも、不敵に笑った。

「私が3人を殺した…?そもそも、京浜東北線を見付けたのは、この私じゃないか。」

「その前提が間違っているんです。“京浜東北線は、あなたが探しに行く前の時点で、まだ生きて

 いた”。」

「貴方は京浜東北線を刺して…その後に悲鳴を上げた。」

「返り血は?刺殺なんだ、犯人は血まみれになっていてもおかしくないね。」

常磐線は、ひらひらと綺麗な状態の手を振る。

「京浜東北線の倒れていた丸の内南口は、すぐそばにトイレがあります。」

「血はそこで洗い落とした」

「服は丸めてゴミ箱に捨てた」

「制服をいつも着崩している貴方だから、着替えることは我々の誰よりも簡単だった。」

「どれも決定的な証拠ではない、しかし、浮かび上がってくる犯人は、貴女しかいない!」

 

沈黙。静まり返る路線たちを尻目に、俯いた常磐線は、肩を震わせた。

泣いているのか…いや、彼女は笑っていた。

「ふふ…うふふ…なあんだ、やっぱりバレちゃったなあ。」

「常磐線!何故…?」

東北本線が血相を変えて詰め寄る。その手をやんわりと押しのけて、常磐線はなおも笑った。

「特に理由なんてありません、ただのお遊びです…あと1時間すれば元通りです。」

「だと、ちょっとカッコがつかないかな…?じゃあ、こんなのどうかな」

「“本線になりたかったから”」

サッと全員の顔色が変わった。その中でただ一人、東海道本線だけが、平然とした顔をしていた。

「さあ、東海道本線様、私の処罰をどうする?」

「そうですね、」

つかつかと常磐線の前に歩み寄ると、東海道本線は吐息をもらして言った。

「全ての路線は私の雛鳥、あらゆる欲望は私に帰結する。」

「常磐線、貴女も“私と相互乗り入れをしていますね”?」

細い首に手をかける。

「哀れな貴女は、あと1時間だけ東海道“本線”になればよいのです。」

「大丈夫。1時間たてば全て元通りですから。」

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