top of page

・『風が強く吹いている』二次小説

自Webサイト_ヘッダー_1.png

2022.10.30に開催されました『風が強く吹いている』

​二次創作オンライン同人イベント(#風よ強く吹いてくれ2)に

合わせ、執筆した小説をサイトでも公開します。

陸上部・現役時代に『風が強く吹いている(小説版)』をお守りにしていたというのは、イラストログページで書いた通りですが、一方で陸上部・長距離部門に所属していた私にとって、「箱根駅伝」は近くて遠い存在でした。私の大学は「予選会」に出るのが十年に一回、という立ち位置であり、「見に行く」のであれば気軽に出て行けるけれど、本戦に選手を送り出せるような立場では無かったからです。

そんな部活でしたから、大学から陸上を始めた部員は結構、いました。予選会出場に必要な記録は5000 m16分半(※当時)でしたが、意外と、大学から始めた組でも予選会出場の切符をもぎ取ることはできるのです。予選会に出場するだけなら、難しいけれど可能ではあるのです。

ですから……フィクションですけれど、私は「寛政大」に「本戦に出場できた母校」の姿を見ていたのかもしれません。

この小説は、大学時代の私のチームメイトのような、「本戦に出られなかった」陸上部員たちから見た「寛政大」の出場した年の駅伝、という妄想に妄想を重ねた構成になっています。

冒頭に王子くんは少しだけ出てきますが、全体的にはほぼねつぞ……妄想の二乗です。

「合わんな!」と思ったらブラウザバックだ、よろしくな!

Yellow・往路(『風が強く吹いている』二次創作)

 

登場人物(Main side)

柏崎茜 寛政大・文学部二年。箱根駅伝第一区走者。通称:王子。

ムサ・カマラ 寛政大・理工学部二年。箱根駅伝第二区走者。通称:ムサ。

城太郎 寛政大・政治経済学部一年。箱根駅伝第三区走者。通称:ジョータ。

城次郎 寛政大・政治経済学部一年。箱根駅伝第四区走者。通称:ジョージ。

杉山高志 寛政大・商学部三年。箱根駅伝第五区走者。通称:神童。

岩倉幸彦 寛政大・法学部四年。箱根駅伝第六区走者。通称:ユキ。

平田彰宏 寛政大・理工学部三年。箱根駅伝第七区走者。通称:ニコチャン。

坂口洋平 寛政大・社会学部四年。箱根駅伝第八区走者。通称:キング。

蔵原走 寛政大・社会学部一年。箱根駅伝第九区走者。通称:カケル。

清瀬灰二 寛政大・文学部四年。箱根駅伝第十区走者。通称:ハイジ。

 

登場人物(Another side)

黒田薫(くろだ かおる) 国府大・農学部二年。箱根駅伝第一区補助員。

狭山志信(さやま しのぶ) 津久井大・建築学部一年。箱根駅伝第二区補助員。

小倉翔一(こくら しょういち) 津久井大・工学部一年。箱根駅伝第二区補助員。

山本恭太(やまもと きょうた) 東都工学大・工学部二年。箱根駅伝第四区補助員。

加賀充希(かが みつき) 東都工学大・工学部三年。箱根駅伝第四区補助員。

仁野祐樹(じんの ゆうき) 津久井大・理学部三年。箱根駅伝第五区補助員。

 

Chapter 1 一月二日・午前七時五十五分(Main side・柏崎茜)

 

箱根駅伝のスタート地点は東京・大手町のほぼ中心にある。この地区は都下でも随一のオフィス街であって、見上げるほどの高さのビルディングが道の両側にずらりと並んでいるのだった。

(空が遠いな)

スタートラインに付いた王子は、発走前の秒読みを聞きながら正面を眺めた。

永代通りの歩道は見物客で埋まり、彼らの持つ小旗がひらひらとビル風を受けて

はためいている。突き当たり、内堀通りと合流する交差点までは500 m足らずの

はずであるが、随分と遠くにあるように思える。

(ハイジさん、あんなことを言っちゃってさ)

少し後ろでは、ベンチコートを抱えた清瀬がこちらを見守っているのだろう。

残り一分を切り、急速に張り詰めていく気配を感じながら、王子は口元に笑みを

浮かべた。

号砲が鳴った。

清瀬がどんな表情を浮かべているかは気になるけれど、絶対に振り返らないと

決めていた。

ただ、目の前の人間に付いていく。

空の遠さはとうに頭から消えていた。

 

 

Chapter 1 一月二日・午前七時五十五分(Another side・黒田薫)

 

数秒おきに腕時計を確認している人がいる。ラジオから伸ばしたイヤホンを、

耳に差し直している人がいる。寒いのだろう、ぴょこぴょこと背伸びを繰り返している

人がいる。

駅伝のスタートが近いのだ。

時間を追うごとに熱気が増していく見物客を見ながら、黒田薫は溜息をついた。

(俺らはさ、見れないんだよな……)

黒田は第一区の補助員だ。箱根駅伝は正規の資格を持つ陸上の審判員や

医療ボランティア、走路員、役員などのほか、多くの学生スタッフによって運営されて

いる。「補助員」と呼ばれる学生スタッフは、関東学生陸上競技連盟に加盟している

大学の陸上部員で、特に多いのは走路沿道で見物客が道路へ出ないよう制止する、

黄色い帽子とベンチコートを着た係だった。黒田はそのうちの一人なのだ。

沿道の補助員は歩道の方を向いて立つ。従って、車道を走る選手一行は見られない。

(折角スタート地点に近いのにな……裏方ってこんなものか……)

まあいい。これもきっといい思い出だ。思い直して、腕を伸ばす。

号砲が鳴った。

頑張れ、という応援の声と、歓声の波が近付いてくるのを感じた。

力強い走りの一団は、あっという間に背後を通り抜けていった。

 

 

Chapter 2 一月二日・午前九時四十分(Another side・狭山志信)

 

「狭山ァ~お疲れェ~」

同期の小倉が手を挙げながら笑った。狭山志信は走路員から貰ったパンの袋を

持ち直して、小倉に歩み寄った。

「小倉こそお疲れさん。意外とアッサリ終わったな」

「二区だから出るのは早いけど、終わるのも早いのはいいねェ。パン何貰った?」

 ビニール袋を開けてみせると、彼はヒョイと覗き込んだ。

「アンパンとジャムパン!いいじゃんか!……この後どうする?」

正月にわざわざ出てきたのだ、先回りして駅伝を見物しようぜ、と小倉は言った。

「……」

「なんだよ、ノリが悪いなあ。……仁野先輩が学連で出れなかったこと、

 気にしてる感じ?」

心の中に引っ掛かっていたものを撃ち抜かれて、狭山は思わず一歩下がった。

それを図星、と見たのか、小倉はさらに追い打ちを掛けてきた。

「先輩には悪いけどさ、ウチって学連を狙えるほどの大学じゃないからなあ」

「でも、……そんなこと言ったら寛政は」

「寛政はすごいよ。すごいさ、間違いない。でもほら、“10人揃う”ってポーカーの

 最初の引きで強い手になる、みたいなもんだからさ。あっちは総合大学、ウチは

 単科大。そもそも引ける枚数が違うんだ」

それは、狭山が薄々感じていた現実であって。どこかで感じていた諦念であって。

認めたくない、ともがいていたものであって。

それでも。

それでも、予選会の前までは……

「悪い。俺、帰る。帰ってジョグする」

パンはおまえにやるよ、と袋を無理やり押し付けた。

「真面目だなあ」

「真面目でいいさ」

真面目だから報われるわけではない。諦めが悪ければいいわけでもない。

でも、今日ばかりは、きれいごとで体を満たしたかった。

「程々にしろよ、明日も補助員なんだからな」

小倉は呆れたような、少しだけ困ったような顔をしていた。

……別に、彼は悪いヤツではないのだ。走ることと、向き合う形が違うだけで。

おう、と手を挙げて別れた。

狭山は、まばらになりつつある人の流れに交じって、駅の方へ向かい始めた。

 

 

Chapter 3 一月二日・午前十一時三十分(Another side・黒田薫)

 

すごいものを見た。

黒田は黄色いベンチコートを小脇に抱えながら、国道134号の脇を歩いていた。

先ほどそこで見た光景のためか、頭が熱を帯びてぼうっとしている。

黒田は大手町近くの補助員の仕事が終わった後、電車で先回りをして平塚中継所まで

出て来た。駅伝を見物したい、という気持ちもあったし、どうせ追い越すために随分と

遠くに行くならば、海を見て帰りたい、という気まぐれもあった。

ここまで来る車内では、ワンセグで中継を追ってはいたけれど、随分とのんびりとした

心持ちだったのだ。

(寛政大、すごいな)

正直なところを言えば、ほぼほぼノーマークだったと言っていい。本戦初出場、という

のはもちろん知っていたけれど、黒田からすれば本戦出場校なんて雲の上のそのまた

上の存在、どの学校もこの学校も同じようなものであり、今年はどこを応援しよう

かな、やっぱり同じ学部があるからあの学校かな……というような具合であった。

(すごい迫力だった。……初出場で十一位通過なんて)

友人が買ってくれた公式プログラムを広げて、エントリー一覧から寛政大学を探す。

先ほど、中継所に飛び込んできたのは城という選手らしかった。

(いいなあ。これが“本戦”か)

所属する大学は、ギリギリ十人集まったので予選会は出れた。もちろん、本戦どころか

学連選抜にも引っ掛からなかったけれど、とにかく十何年ぶりだかに出た。黒田自身は

予選会に出るために必要な記録を用意できなかったので、選手としては参加できなかったが。

(今年は頑張ろう。俺も予選会に出たい)

四月からは三年生。部活の慣習としてはこの学年で引退という形になるから、事実上、

「箱根」に挑戦できるのは最後と言っていい。

伸びをした。

最後の年に、自分もあの中にいたいと思った。きっと、秋は立川にいようと思った。

見上げた空は、青かった。

 

 

Chapter 4 一月二日・午前十一時五十五分(Another side・山本恭太)

 

大手町を発った時には集団だった走者たちも、四区中盤ともなれば相当バラけてくる。翌日、復路のスタート順に響いてくるだけに、どの大学もできるだけ順位を上げて先頭

とのタイム差を縮めようと必死だ。

何度目になるか、応援の声が近付いてくるのを感じて、山本恭太は見物客を抑える手に

力を込めた。サッと盗み見ると、東体大と喜久井大、その後ろに寛政大が迫っている

のが分かった。順位の変動は駅伝の花だ、応援が盛り上がるのも当然のことだろう。

(なんでだろうなあ)

暗い感情が膨らむのが分かった。

(なんで俺たちはあそこにいないんだろう)

力が足りなかったから。練習が足りなかったから。いくらでも言い訳はできるけれど、

理由は付けられるけれど、それで妬みが収まるわけではないのだ。

グッと奥歯に力を込めた。また、応援の声が遠くから聞こえてきた。

 

「どしたん?山本」

全ての走者が通過して本日の業務は終了、走路員に労いの言葉とパンの袋を手渡され、

なんとなく立っていた山本は、ビクリ、と肩を震わせた。

「すごい顔してるね」

「加賀先輩……」

小柄な上級生は、昼飯行こうぜ、奢っちゃる、と笑って帽子を取った。

 

「……なんで俺らは“箱根”に行けないんでしょうね……」

「今日はえらい絡むなァ山本、お茶に酒でも入ってたか?」

加賀は呆れた顔をして、定食の唐揚げを頬張った。

「予選会で上位十校に入れなかったし、個人で飛びぬけて早いヤツもいなかったから

 学連選抜にも選ばれなかった。理由はそれだけだろ」

「うう……それはそうなんですけども……」

納得できない、という訴えを読み取ってか、箸を静かに置くと、加賀は頬杖を付いて

こちらを見た。

「山本、そんなに“箱根”に出たいなら、おまえはなんで東体や六道に

 行かなかったんだ?」

「なんでって……選抜メンバーになれるほど速くないですし……

 学費を考えるならウチの工学部がいいかなって……」

「そうだな。そういうことだよ」

彼の表情は優しかった。

「俺たちはさ、 “それ”を選べなかったし選ばなかったんだ。そうだろ?」

両方ともあるんだ、それを忘れちゃいけないねえ。

“走り”に全力になれるかっていうより、そこだよねえ。

加賀はそこまで言うと、再び箸を手に取った。

「理解できたか?」

「……なんとなく」

「なんとなくなら上出来」

授業料だ、戻ったら一緒にジョグしようぜ。唐揚げを口に運びながら、

上級生は楽しそうに笑った。

 

 

Chapter 5 一月二日・午後二時三十分(Another side・仁野祐樹)

 

(やっと、走るのを辞める理由が出来た)

芦ノ湖に立つさざ波を眺めながら、仁野祐樹はそう思った。

元々、運動は決して得意ではなかった。逆上がりは補助板なしで出来るようには

ならなかったし、いくら頑張っても二重飛びは出来なかったし、球技は空振りの方が

多かった。マラソン大会だけなんとなく前の方にいる、それくらいだった。

足が速いヤツは羨ましかった。

陸上の世界に入ったのも、中学・高校の話ではない。大学に入って、ぶらぶら見学した

中で一番歓迎してくれたのが陸上部だった。先輩と妙にウマがあった。

部室に通うようになって、気が付いたら速く走れるようになっていた。

(だからさ。俺は、走るのがすごく好きってわけじゃないんだよ)

部活の雰囲気は好きだ。先輩も同期も好きだし、後輩は可愛い。

でも、走るのに夢中になれるかというと、それは違った。

仁野が記録会でタイムを更新するたびに、先輩や同期は喜んだ。部活が始まって以来、

初の本戦出場者が出せるかもしれないと。手を尽くしても仁野を学連選抜に送り込み

たいのだと、意気込んで話す先輩もいた。目を輝かせて期待を語る彼らの中にいて、

どうしようもなく申し訳なかった。

それも、これまでだ。やっと、走ることを辞められる。

もしかすると、走る習慣自体は続くかもしれない。

でも、もう“箱根”を目指さなくてもいい。

昨年に代替わりは終わっているし、仁野が執着を見せないならば、皆、無理には

誘ってこないだろう。

ほう、と息を吐いた。眼鏡が白く濁るのが分かった。そっと外すと、冷気が鼻の奥を

鋭く刺した。

明日の朝も第五区で補助員だ。

復路の選手たちも、誠実な走りを見せてくれるのだろう。

仁野は眼鏡を掛け直すと、もう振り返らずに歩き始めた。

※駅伝全区間に対応して十章プラスαの構成にするつもりでしたが、

 イベントに間に合ったのが往路ぶんだけだったので

 現段階では第五章(プラスα)までを公開します

bottom of page