top of page

・海峡線 in Wonder Tokyo(二次創作)

kaikyosen_nihonbashi_3.png

※この小説は、やぐり睦九(@_yagri)さん宅の創作の「海峡線」さんをお借りした

 二次創作小説です。

※『Dirt or not Dirt 10』までのご創作の内容を含みます。

 闇を切り裂くような鋭い風音が聞こえた。

ごお、と目の前を常盤緑の車体が通り過ぎていく。末尾に光る灯を見送って、海峡線は微かに

ため息を吐いた。

(東京行きの新幹線……)

通過していったのは上りの始発列車。トンネルの外では日が出る頃合いだ。

(部屋に戻って寝ようかな……)

「あれから」四年が経とうというのに、この疾風には未だ、からだが馴染まない。聞くところに

よればさらに速くなるらしい。そう、最近はときどき試験車も走るようになった。

(札幌まで……札幌まで、延びるのにあと10年も掛からない)

【───新幹線が開通すれば将来、北海道にとってどんなに助けになるか───】

靄がかったあたまの奥から溢れ出る記憶を押し戻すように、手が耳をふさぐ。

(違う、違う、そうじゃない、でもかいきょうは、)

(かいきょうは、)

今度は長く見知ったものとは違う「新しい」機関車が、長い長い貨物列車をつなげてやってきた。風圧にからだが思わず揺らぐ。

(みんなかいきょうを置いていってしまう……)

(…………)

(…………?)

よろけて手を付いた、はずのトンネルの壁の手ごたえがない。おそるおそる首を回すと、今まで

見たこともない漆黒の物体に、少しずつ吸い寄せられているのが分かった。

「なにこれ???!!!」

抵抗を試みるもむなしく、ぐいぐいと引き込まれていく。

かすかな叫び声とともに、海峡線は忽然と青函トンネルから姿を消した。

 

 整然と並ぶ、ショウウィンドウ。雪の跡すら見えぬ、乾ききった歩道。そびえる摩天楼の彼方にチラつく、見覚えのない空。そして賑やかに行き交う人、人、人。

無機質な隧道とは対極にある、「暴力的」と言えるほどの豊かさに、目が眩む。

「なにこれ……どこ、ここ……」

沿線の町、集落、あるいは数年前まで乗り入れていた函館や青森のいずれでもない。

視線を上げると、信号機横の「銀座二丁目」という看板が飛び込んできた。

「ぎん……ざ……?」

さらに上には「千代田区」。

「ちよだく、の……?」

日本各地に、「銀座」の名が付く町はいくつも存在するが。それでも、「千代田区」が上に付く

ものといったら、一つしかあるまい。

「ここ、東京だ……」

 

 歩いた。てくてくと道沿いに、自分がどちらに向かっているのかも分からないままに。

頭上に並ぶ字は、「銀座」から「京橋」、そして「日本橋」へと移り変わった。

(この通りの名前は「中央通り」という、らしい)

真ん中を通る、という文字通りの意味なのだろうか。確かに、沿路は都の中央を貫くに相応しい

煌びやかな街並みである。とはいえ、

(ここからどうやって戻ればいいんだろう?……というより、戻れるのかな……)

自分は津軽半島から道南にかけて敷かれている鉄路で。東京なんてそんな遠い、遠いところに

知り合いなんて……

(……いる!)

青森駅の少し東に終点がある、国道4号線。確か、そう、東京から、

(「日本橋」から来た、って言ってた!)

青森市に至るまでの区間のどこに彼女がいるかは分からないが、そう、この付近の道路たちに

訊けば、呼び出してくれるかもしれないし、運がよければ4号はここにいるかもしれない。

少し元気を取り戻した海峡線は、立派な揮毫が掲げられている立体交差を過ぎ、きっと古くから

あるのだろう、あまり見ない装飾のある街灯を見上げて立ち止まった。慣れない地でずっと歩き

続けているので、少し疲れてきた。函館は著名な観光地であるし、ねぶた祭りの時期の青森だって相当な人の出だけれども、初めての場所でこんなにも人が多いと酔ってくる。

(龍みたいな……狛犬みたいな……ちょっと猫みたいな……なんだろ、この像……)

「おい、」

 突如。背後から、明らかに「自分に向かって」掛けられた、と思われる声がして。

 海峡線は固まった。

 おそるおそる、振り返って見ると。

 「2020」という派手に光る文字が視界いっぱいに広がって、今日一日、混乱しっぱなしの海峡線のあたまは見事に処理落ちした。

 

「───やっぱり、ゲーミングサングラスは派手すぎたと思うか?」

「絶対にそういう問題じゃないと思うぞ───」

聞き覚えのない男性の声が二つ、耳に入ってくる。

目を開けると、自分の部屋ではない、真っ白な天井が飛び込んできた。

体を起こす。どこだ、ここは。

「お、起きた」

右を向くと、ソファー越しに緋色の頭がこちらを覗き込んでいるのが見えた。

「15号、起きたぞ15号、」

「聞こえてる、聞こえてるからそんなに揺さぶるな」

赤い頭がもう一つ、隣から生えてきた。

「オレは国道15号、通称は」

「コイツは国道15号という日本橋から横浜市まで通っている道路、オレは京急本線で泉岳寺から

 浦賀まで走っている鉄道路線だ、そしてここは日本橋にある15号の部屋だ」

「なぜ被せてくるのだ、京急の……」

「自己紹介が長くなりそうな気配を感じたからな」

それはともかく、と京急本線は続けた。

「お前、どこの路線だ?」

「路線……」

「そう。お前、鉄道路線だろ?そんな感じがする。見たことがない顔だが……」

ここは東京、日本橋。

「かいきょうは……海峡線……」

「海峡線⁈」

国道15号が目を剥いた。

「なんでそんな遠くから⁈」

どうやら彼は自分のことを知っているらしい。

「分からない……」

分からない、としか言いようがない。自分を吸い込んで東京まで送りつけてきたアレは、いったいなんだったのだろう。

「……15号、15号、海峡線て、」

こちらはどうも、ピンときていないようだ。

「分かった、お前が話に付いていけてないのは分かったから揺さぶるな」

頭をガクガク揺らされながら、国道15号は眉間にしわを寄せた。

「海峡線。青森の津軽半島から、道南まで津軽海峡の下を突っ切る線路、だろ?」

「あおもり???!!!」

心底驚いた、という顔で京急本線がこちらを向く。

「あおもりってあの?リンゴの名産地の?」

頷く。東京まで到達する路線ならともかく、700 km以上も離れているのだ、信じられないとしても無理はない。

「というか、なぜお前は知っているんだ15号、実は知り合いだったりするのか」

「会うのは初めてだ。以前、4号から話を聞いた。」

(……よかった。このひと、国道4号の知り合いだ。)

「あの、」

「なんだ?できることなら、相談に乗るぞ?」

見返す二人の顔はひとの好さが出ていて、海峡線は(会ったのがこのふたりでよかった……)と

思いながら口を開いた。

 

5分後。

国道15号は「4号に連絡を取ってくる」と言って部屋から消えてしまい、海峡線は京急本線と部屋に取り残された。どうやら、国道4号は日本橋付近には居ないらしい。

(……何を話したらいいのかわからないな……)

勧められてソファーに移ったものの、隣にいる京急本線は全くの初対面である。「国道4号」という共通の話題を失った今、どうすればいいのかわからない。

(たとえば……函館本線なら、もっと色々と自分から話せるのだろうけど……)

「海峡線」

「⁈」

「というか、海峡線……さん?初めてでよく分からないので、好きな呼ばれ方を教えてくれると

 嬉しいです」

「かいきょうは……“海峡線”で問題ない……よ」

「そうか、海峡線。初めまして。ようこそ東京へ」

ペコリ、と頭を下げられたので、慌ててこちらも下げた。

「とはいっても、ここはオレの沿線じゃないんだけどな!あいつ……15号に引っ張られて見物に

 来ただけだから、この辺はホントに全然詳しくない!」

京急本線は照れた様子で頭を搔いた。先ほどの彼、国道15号とは随分と仲がいいようだ。

「かいきょうも近所の国道に引っ張り出されるときはあるよ」

最近では228号や、そう、4号も「この距離は誤差」と言いながら訪れるようになっていて。

(それはたぶん、えさしがいな……)

それはダメだ。今は。あたまの奥から出てくるな。

沈黙を誤魔化すように外套のフードをいじる。そっと様子を伺うと、幸い、相手は戻ってきた国道15号に気を取られていたようで、気が付いていないようだった。

「4号は夕方まで郡山で用事があるそうだ、その件が終わったらすぐにここに来ると」

「ありがとう……」

「礼には及ばないさ、」

国道15号はひらひらと手を振った。

「お前、今は何時か分かるか?」

「ちょうど昼前だな!」

元気よく京急本線が答える。

「と、いうことは……」

「そうだな、そういうことだな」

ふたり、顔を見合わせて、ニコニコ顔でこちらを見るので、

「そういうことって……?」

(何のことだろう……?)

「「行くだろ!東京観光!!!」」

 

「お前と会ったここは日本橋、住所で言うと東京都中央区日本橋で、7本の一般国道の起点と

 なっている。4号、6号、14号、17号が北側から、1号とオレ(15号)、20号が南側から出て

 いるぞ」

指した先の道路には、自動車の合間からではあるが、チラチラと金属製の銘板のようなものが

見えた。

「あれが日本国道路元標。何回か名前は変わっているが、位置はずっと同じだ」

とはいえ、車道のど真ん中であるから、近づくことは難しい、と国道15号は続けた。

「なので、北西側にレプリカが展示してある」

国道15号と京急本線に続いて近寄ってみると、遠目では小さく見えた元標が、ずいぶんと大きいものであることが分かった。

「この葉っぱ?は何だ?縁起物か?」

京急本線が首を傾げて指差す。

中心の円を取り囲むように、幅広の葉がデザインされていた。

「たぶんエノキだ。一里塚に植えていたそうだから、取り入れたんだろう」

「ほーーー」

(勉強になるなあ)

 

「“日本橋”は“日本橋川”に掛かる橋の名前だ。橋の名前の方が先にあって、昔は川の方は

 “飯田川”と呼ばれていた。明治に川の工事をしたとき、橋の方から名前を取って川の名前を

 変えたんだ」

石造りの橋は緩やかな弧を描き、深緑に沈む川を跨いでいる。

「橋の南東には船着き場があって、豊洲や浅草行きの船が出てる。対岸には大正時代まで魚河岸が

 あった」

「浅草!」

京急本線の髪が跳ねた。

「オレんとこから都営地下鉄に直通する列車は浅草を通るぞ!」

「……だそうだ」

(東京にも船があるんだなあ)

 

「日本橋から南の区画一帯は住所も“日本橋”、老舗の大店が並んでいる」

日よけが赤いのは百貨店の高島屋、その向かいは書店の丸善、高島屋の手前はお茶と海苔を扱う

山本山、と国道15号は指を折った。

「高島屋なら横浜にもあるな!オレの沿線!」

「……だそうだ」

「さっきからお前の反応悪くない……?悲しくなっちゃうぞ」

「オレは散々聞いてるけど、海峡線は初めてのはずだから続けてくれ」

(函館の森屋は無くなっちゃったんだっけ……)

 

「ここからしばらくは“京橋”という区画になる。昔は川があって本当に橋が架かっていたんだが、

 埋め立てをしたので橋も無くなった。この辺りは企業の本社が多いな」

背の高い、垢ぬけた雰囲気のビルディングがいくつも並んでいる。

「オフィス街ってやつか?」

「オフィス街ってやつだな」

(さっきとずいぶん雰囲気が違うな、ちょっと面白い)

また少し進むと、日本橋の上を通っていたものとは異なる高架があって、国道15号は「京橋はここまでだ」と言った。

「なあ、“警察博物館”って……」

京急本線が指した先には大きく“POLICE MUSEUM”と表示された細長い建物。

「警視庁、つまり東京都の警察の博物館だな」

「オレあそこ行きたいんだけど?」

「夕方までに案内が終わらないから今日はパス!」

「えーーー」

「また今度、な」

 

「新橋の駅の手前までが“銀座”。日本橋、京橋より広い区画で八丁目まであるぞ。都内でも屈指の

 高級商業地だ」

「日本で一番地価が高いんだったか……?」

「四丁目の交差点周辺だな。和光のビルがあるとこ。」

見回すと、高級なブランドの名前がいくつも飛び込んできた。

「あれが百貨店の松屋。その先が三越。三越の向かいは宝飾品を扱ってるミキモト。そのちょい

 先がさっき言ってた四丁目の交差点」

(そういえば、五稜郭の丸井今井は今は三越のグループだったっけ)

 

「四丁目から先は、さっきよりは少し店の規模が小さいが、“銀座”というブランドに合った洒落た

 外装の店舗が多いな。」

「今更なんだけどお前、いつもの格好じゃないな……?」

国道15号の“いつもの格好”は分からないが、先ほど、部屋にいたときとは異なる、街の雰囲気に

馴染んだ服装に変わっていた。というか、自分と京急本線がだいぶ街から浮いている。

「もうちょっと早く気付いて……?」

国道15号はソフト帽を抑えると、ガックリとした様子で呟いた。

 

「この交差点から西に行くとすぐに新橋駅。近くには昔の停車場の建物も残っているぞ。

 見に行くか?」

「シンバシ……シオドメ……トウカイドウ……」

(京急本線が怖い顔でブツブツなにか言いだした⁈)

「……やめよっか」

国道15号はすぐに足を止めると、少し引き攣った笑顔で海峡線の方へ向き直った。

「そこそこ歩いたし、茶でも飲みに行くか!」

「……うん!」

「もちろんお前の奢りな!」

京急本線は満面の笑みで国道15号の手を取ると、グイグイ引っ張って歩き出した。

 

「ずいぶんと、この界隈を堪能したようだな……?」

派手にギラギラと煌めくゲーミングサングラスを掛け、遊び疲れた様子で国道15号の部屋の

ソファーに横たわる海峡線の姿を見て、国道4号は呆れた声を出した。

「4号……」

「いや、いいんだ。楽しんでくれたのであればそれはそれでいいんだが。ちょっと拍子抜けした」

「貴方、4号のお知り合い……?」

ソファーの縁から黒髪の女性が顔を覗かせた。緑がかった髪の房が、こちらのすぐ近くまで落ちてきて、海峡線は少し体を引いた。

(なんだろう、返答次第ではすごく危険なことになる気がする)

「顔見知りではある、あります、顔見知りです」

「青森側の知り合いだ。津軽半島から北海道の渡島半島を結んでいる。……そういえば、昔は私も

 航路で津軽海峡を越えていたな。……今のお前と同じ番号だったときだ」

「……4号」

「津軽海峡?ずいぶんと遠くから来たんだな」

右目に眼帯を当てた国道が困惑したように首を傾げた。

(眼帯に1って書いてある。……ということは、国道1号なのかな)

「お前、どうやって戻るんだ。というか、どこに戻るんだ」

「4号、あなた知り合いなんでしょう。送っていけない?」

緑の外套を着込んだ国道が、顔に手を当てて国道4号の方を見やった。

「青森までなら送れんこともないが。北海道側が心配していることを考えると、三厩付近か、

 木古内に返したい」

「木古内!って北海道だよね、青森まではいいとして、そっからどうするのさー。鉄道路線は迷っちゃうよ」

白髪の国道が腕を組んだ。

「そこなんだ。三厩まで行く津軽線に託そうと思ったが、青森に出る頃には終電が出てしまって

 いる。ここで一晩泊まってもらうしかないな……」

「……まあ、一晩だからね。僕の部屋でゲームでもする?」

【……函館本線?かいきょう、戻るの明日になるかもしれない……】

国道のやり取りを聞いていた海峡線は、先ほどから心配そうに尋ねてくる函館本線に思念を送った。

【……ええ⁈大丈夫なのですか、色々と】

【それをかいきょうに聞かれても……】

そもそも、なぜ日本橋に飛ばされたのか未だに分からない。明日以降であろうが、帰れそうなのがまだ幸いである。こんなに遠くで留守にしていたら、どんな影響が出るのか。もちろん、函館本線の言うとおり、早く帰れるのが一番いいのは違いない。

「なんとか……できませんか」

「4号~~~頼むよ~~~ほら、僕のスイッチ貸してあげるからさ~~~6号とスマブラやるのに

 使っていいからさ~~~」

白髪の国道にガクガクと揺さぶられながら、国道4号は「まてまてまて」と手を振った。

「送れなくはない!送れなくはないが日も沈んだし、私も迷うかもしれない!1月の津軽半島の

 山中でだ!」

「あんちゃん、何かできないの?」

「いやオレにできることは何も……ってなんでお前がいるの⁈ここに⁈」

「面白そうだから私が連れてきた」

「20号……」

いつの間にかひとも増え、わいわいと案を出し合っているものの、なかなか話は進まず、

まさに“会議は踊る“状態、国道15号の部屋は混沌とした空気に満たされていた。つい先ほど赤い

装束に身を包んだ国道(20号?)が京急本線の知り合いらしき鉄道路線を連れて現れ、場は

最高潮に謎の空間と化していた。

「海峡線。あんた、帰りたい?」

国道20号が近づいてきて、海峡線は固まった。

「帰りたいって……かいきょうは“戻ら”なくちゃ……」

「そうじゃなくて。あんた自身が帰り“たい”かって訊いてるの」

この部屋は。こんなに静かだったろうか。

「なんで北海道……青森でもいいけど、から飛ばされてきたのか。私には分からないけど、あんた

 がちゃんと“そこに居たい”って思えなきゃ、またどこかに飛ばされるんじゃないのかい?」

「おい20号……」

国道15号が恐る恐る声を掛けたが、彼女は真っすぐな視線を外さなかった。

「かいきょうは……」

(だって。かいきょうが変わってしまったら、)

(“えさし”が……)

「……かいきょうが……帰っても、えさしは……」

「えさし?」

隣の国道に袖を引かれて、頭を押さえていた4号が答える。

「江差線。海峡線と接続していた鉄道路線だ。今は“いない”」

「廃線になったということか?」

国道1号が尋ねる。

「軌道自体は“ある”、北海道新幹線の開業で第三セクター化したんだ」

「なるほど」

国道1号は腑に落ちたように頷いた。

「海峡線、僕は国道1号だ」

「……?」

「いや、自己紹介をしたいんじゃない。僕は以前、過ちを犯した。そこに居る15号を滅多刺しに

 したんだ」

「⁈……?????」

「……いや、滅多刺しにしたのは2號……」

何事か言いかける国道15号を手で制して、国道1号は続けた。

「“僕”は道路として十分な役割を果たしていなかった。“国道1号”としてあるべき健全な精神を

 保持する努力をしていなかった。“外的要因”がいたとしてでも、だ」

「海峡線。お前は、“鉄道路線として十分な役割を果たして”いるか?」

「……」

「僕たちは心の在り方だけは自分で決められる。逆に言えば、心を保つ努力を続けなければ、

 “自分が何物であるか”自体も揺らぎ始めるということだ」

国道1号は真剣な眼差しでこちらを見つめた。

「海峡線。僕らは、僕らで“あり続ける”ために、変わっていかなければならない」

「過去、起きたこと、起こしたことは消えない。消せない。むしろ、消してはならない、と思う

 こともある。それはそれとして、変化しなければならないんだ、僕らは」

その言葉は。海峡線に語りかけているようでもあり、自らに語り掛けているようでもあった。

「海峡線。お前は、“海峡線”で在りたいか?」

(かいきょうは、どうなりたいんだろう)

(かいきょうは、“つがる”ではもう、ないけれど……)

「かいきょうは……かいきょうのいるところに、かいきょうのいるべきところに、“帰る”よ」

「そうか」

「ここは、すごく楽しかった。とても楽しかったけれど……かいきょう“の”場所ではないもの」

「それが、お前の意思か」

頷く。

「分かった」

国道1号は頷いた。

「といわけで4号、頼む」

「ええええ⁈」

「すごくいい雰囲気だったのにそれ⁈」

「台無しだよ!!!」

周囲の国道と鉄道路線たちから、轟々のツッコミが入って、国道1号は耳を抑えた。

(なんだろう)

(なんだか、すごく楽しいな)

「ふっふっふ」

国道20号が笑い出した。

「どうした20号。ついに壊れたか」

「だいじょうぶ?信玄餅食べる?」

「壊れてない!!!壊れてないよ!!!信玄餅は食べる」

20号は信玄餅の包みを受け取ると、ゆっくりと立ち上がった。

「いやいやいや。あんたたち、大事なものを忘れてるよ」

チッチッチと指を振る。

「日本橋の隣に何があるか思い出しなって」

ぐるり、一回りしてニヤリと笑う。

「東京駅。東京駅から新幹線で帰ればいいじゃないか」

 

 一つ、また一つ、と街明かりを過ぎて、窓の外は再び暗くなった。先ほど停まった駅は仙台。

函館に着く頃には、真夜中になっていることだろう。

 海峡線は、山ほど持たされた東京土産を抱えたまま、ぼんやりと車窓を眺めた。

(楽しかった)

(楽しかった、な)

(そっか。楽しくて、いいんだ)

新幹線は速い。外から見たときよりも、内で座っている方が不思議と速く感じられるようだ。

(速いな、本当に速い。快速の一往復ぶんで東京まで行ってしまうのだもの……)

昼間たくさん歩いたせいだろう、少し眠くなってきた。海峡線は、抗うことのないまま、

瞼を閉じた。

 

【海峡、海峡、】

誰かに名前を呼ばれている。隣の座席を見た。空席だった。反対側は窓だ。

(……えさし!)

新幹線の、車両の窓に。江差線が映っている。もう一度、隣の座席を見て、窓を見た。

間違いない。窓に映り込んだ影にだけ、いる。江差線が。

【えさし、なんで……】

【ごめんね、僕はもう“そちら”には居ないから。こういう形でしか、出られなかった】

江差線は目を伏せて、すまなそうに謝った。

【謝ることなんてないよ!】

そう。謝ることなんて一つもない。

【えさし……つがるは、ううん、かいきょうはね、今日、楽しかったよ】

【……よかった】

【えさし、えさしがかいきょうを飛ばしたの……?】

【どうだろう。僕かもしれないし、違うかもしれない】

目をパチパチとして、彼は少し笑った。

【……でもね、帰ってくるのを選んだのは海峡だ】

【そうだね。かいきょうは、海峡線に“なる”よ】

【そっか、】

その笑顔は、安心したようでもあり、少し寂しそうでもあった。

【……かいきょうは、えさしにはまた会える……?】

【分からないな。でも、僕はあまり早く“こっち”には来てほしくないかな】

【わかった】

【海峡線、】

江差線は笑った。

【元気でね】

【うん】

ゆるゆると、霧が晴れるように夢の世界から抜けていくのが分かった。

【かいきょうは、頑張るよ】

 

「……ほんっとうに!心配したんですよ!!!私は!!!」

「かいきょうも困っていたよ」

「私も困りましたよ!!!どうしようかと!!!」

函館本線が、心底ホッとした、という調子で頭を振った。

「とにかく、よかったです。貴方が帰ってきて」

「……かいきょうもね、帰ってこれてよかったと思ってる」

少し驚いたような目で、すぐに何かを悟ったような目で、函館本線は優しく微笑んだ。

「そうですか」

「うん」

新函館北斗駅のプラットホームには、チラチラと雪花が舞っていた。

「どうします?227号と228号を呼びますか?」

「それ。少し考えたんだけど、一回函館に連れてってほしい」

自分は確かにそこまで走っていた。それを確認したい。

そして。そこから。

「それでね、かいきょうは……道南いさりび鉄道で帰ろっかな……って……」

「⁈」

今度こそ、本当に驚いたのだろう、函館本線は目を見開いた。

「……いいんですか、それで。海峡、貴方は」

「うん。それがいいかなって」

だって。

「かいきょうはね、海峡線だから。“海峡線”だから、ね」

手を伸ばした。函館本線はすぐに握ってくれた。

笑う。

そう。自分は、本州と道南を結ぶ大動脈。鉄道路線の、海峡線。

 

(終)

bottom of page